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番外編:吉川晃司と私

THE NORTH DIARY~須坂暮らし日記~

須坂市地域おこし協力隊の北です。

本日は地域活動とはちょっと距離を置いて先日3年ぶりにツアーライブに参戦した私が愛してやまない”吉川晃司”さんについて語ってみたいと思います。

最初に言いますが全然、地域おこしと関係ありません(ちょっとだけリンクしてるけど)

私のーすがどんな奴かってのがわかる内容にはなっておりますが、

全体的に変な内容なので興味の無い人は読まないでください(笑)

本多の森ホールに参戦。いつも通りカッコよかったぜ。

吉川晃司との出会い

私が初めて吉川さんに出会ったのは中学校1年の時でした。ノストラダムスや2000年問題が騒がれていた時代。当時、ゴールデンで昭和と今週のヒット曲を比較する「歌の大辞テン」という番組が日テレでやっていて、当時マッチこと近藤真彦が好きだった私は(これもいつか語りたいw)よく釘付けになって見ていました。

ある日「昭和60年12月の第1週」を題材にした回があり、これは「大将(近藤真彦)」来るぞ!と思い、VHSを録画してワクワクしていました。

そこで私の目に入ってきたのは、当時カーレースに片足を入れ出した男ではなく、長身のグラサンクネクネダンスをする謎の男だったのです。

「RAIN-DANCEが聞こえる」https://youtu.be/B_0nUrRYdcQ

中二病男子には衝撃的すぎた

グラサン+ダークスーツ+クネクネダンス+英語のような日本語

なんじゃこりゃあ・・・という衝撃を受け、何度も何度も巻き戻しては再生、巻き戻しては再生をして画面にくぎ付けになっていました。

こんなセクシーでカッコいい人が居たのか・・・(レインダンス時代は吉川さんは20歳くらいだったと思う。知った時は35歳くらい)

そんな吉川氏に私は魅了され、瞬く間にファンとなりCDを買い漁ったのだ。

大変失礼ながら、当時は今のような露出もめっぽう少なく、人気もかなり底辺(吉川歴史上で)の時代だったのでCDがすこぶる安く、簡単にベスト盤を集めることに成功した。

最初に購入したベストアルバムはなんと280円(笑)

実は吉川さんの作曲や編曲など取り巻きの方も凄腕揃いだったんです。

まずデビュー曲「モニカ」に至っては三浦徳子さん×NOBODYの最強タッグ。

レインダンスは後藤次利さんの編曲。とにかくベース音がカッコいい。さすがベーシスト。

みなさんお馴染みの近藤真彦「フラれてBANZAI」も後藤さんなんですよ、前奏がもうベース際立っててカッコいい。吉川さんはこの後も後藤さんと数回コラボしてます。

「アクセル」など90年代後半に入ってからは安全地帯でおなじみ「松井五郎」さんがほとんどの作詞を手掛けているんです(作曲は吉川さんがメイン)この辺も語りたいw

CDコンポのタイマーを使って・・・「アクセル」で起き、「SPEED」で着替える。のがルーティンだった。爆音で親に何度も怒られたことは今やいい思い出。

寝ても覚めても吉川晃司

とにかく昔から好きになると一辺倒な気質があった。

まだ世間に中二病という言葉が流行る前、確実にその先駆者だったと自慢できる。

学校では自分で作ったK2ディスコグラフィーを持ち歩き、CDの内容を総評してコメントを入れ、古文、英語、とにかく小テストの名前は必ず「吉川晃司」、生活ノートや持ち物のノートの名前も全て「吉川晃司」。本日の当番も「吉川」。

そう。全てが、2年9組10番「吉川晃司」(笑)だった。

きっと何か物を落としてもクラスの奴は全員、私とわかったと思う。

しかし、担任じゃない先生達は「”よしかわ?ん?きっかわ?”そんなやついたか?」って混乱しているシーンも多々あった。さぞ先生も気味が悪かっただろう(笑)

真っすぐ生きることに憧れて

当時、本当に吉川晃司なんて誰も知らなかった(吉川さんごめんなさい)モー娘。や浜崎あゆみ、ゆずなど全盛期の当時、クラスの話題についていけなかった。でも、自分の世界にどっぷりはまって幸せなのが中2病。一番幸せだったかもしれない。そして、そんな一匹狼的な生き方が「吉川晃司」に通じるものがあると勝手に思っていた(笑)

吉川さんの雑誌やテレビでのコメント・生き様を見るといつも「素直で真っすぐ」だった。

誰かの評価とか気にせず、歯に衣着せない言い方で布袋さんとケンカしたり(吉川さんの方が年下なのに)、テレビで好きだと言った小泉キョンキョンに「興味ない」と言ったり、目立ちたいから紅白でギター燃やしたり(笑)挙げればきりがない。

その真っすぐさと、自分の名前の「直樹」がいつも心のどこかで紐づいていたように思う。

そんなところも憧れとして抱き続けるのに大きかった部分だと思う。

そう。私が前職時代に上司達と争って来たのも、もはや吉川さんのせいとすら思っている(笑)

ファンは「完璧な人間」と妄信する

13歳からファンになり、23年もの時が経った。

吉川さんも今や出禁だったNHKの朝ドラに出るなど、世間の認知度も全盛期並みに上がってきて、50代からの生き方は本当に凄いと思う。歌手に俳優といまだにアクセル全開だ。

この23年良いことばかりでなく、吉川さんもいろいろあった(気になる方はWikiってくださいw)こんな私も一瞬ファンを離れた時もあった。

それがゆえに、生きていく中で誰もが完全で完璧な人間じゃない(Nobody’s Perfect)ことも知った。

芸能人だって同じ。自分も。

そんなことはたぶん中学生では知っていたけど、大人になって自分が失敗して初めて完璧な人間なんていないって「知る」と思うんです。

吉川さんも私と同じ心境に至ったのかこんな曲を過去にリリースした。

吉川晃司さんの想いが詰まったこの一曲。この曲が使われた仮面ライダーでは「おやっさん」役でも出演した。

この曲の後半に「Nobody’s Perfect それだけが命の証」というフレーズがある。

私の場合、人生って自分が死んだ時に”自分に”対して「良い生き方出来たよな・・・」って思う為にやっていて、実は常に内側の自分と戦っているんだと思っています。だから本来、世間の目なんて怖くないはず、自分の信じた道を真っすぐ進むだけなんだから。

でも、気にしちゃうんですよ。弱いから(笑)

今、須坂でインタビューをしてきて自分が「カッコいい」と思う人は自分の心に真っすぐな人が多いんですよね。自分の信じた道が遠回りして、綺麗ごとばかりじゃない。でも、それこそが「生きる」なんですよ。

いつも自分の道に躓いたり見失った時、後悔した時には吉川さんのこの曲を聞いて勇気と元気をもらっています。

吉川晃司が私にいつも問いかけてくれるこの曲は是非とも皆さんに聞いてもらいたい。

だから今も胸を張って「ファンでいて良かった」と思う

長くなりました。もう吉川晃司ファンと私ファン(いるのか)にしか興味の無い記事になってしまいました。まあ、だから番外編なのであって。

曲を語れば朝まで語ってしまうので、いつかラジオで語ってみようかなと思っています(笑)

今もずーっと私を魅了し続ける吉川晃司。

卒業アルバムの顔写真の下の友達からのコメントに「君こそが3年4組の吉川晃司だ!」と書かれ、ずっと誇りに思って生きてきました(笑)吉川さんに恥じない生き方が出来てきただろうか。

吉川さんはずっとこれからも私の目標で、カリスマ的存在で居続けると思う。いつか須坂の吉川晃司といえば北さんと言われる生き方をしていきたい(言われるわけない)

吉川さんが90歳になっても「モニカ」見に行きたいな(笑)

全国ツアー真っ最中。これからも健康に気をつけてROCKしてほしいです!

というわけで番外編でした!

のーす

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